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写真家 岡田敦 - Office Okada | Official Blog

I kiss the world by taking the photograph

■ 韓国写真雑誌『写真芸術』2008年11月号 特集

#岡田敦 #iam #木村伊兵衛写真賞

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生への誘惑

오카다 아츠시(Okada Atsushi 岡田敦)
佐藤圭子/文

 1枚の写真に衝撃を受けることがある。それはあまりにもふいに私の前に現れた。

 日本には若手作家の登竜門とされるいくつかの写真公募がある。2002年、私はその中の1つである「富士フォトサロン新人賞(*1)」の展示会場に足を運んだ。その頃の様々な公募の受賞作品といえば、流行にのった<私写真>ばかり。その時の私はなんの期待も持たず、ただ東京有楽町に位置する富士フォトサロンに行ったのだった。
 会場に入るや否や、私はそこにある写真群に心を奪われた。そこには「生と死」が同時に存在しているような強いイメージたちと彼自作の詩、そして当時日本のマスコミに大きく取り上げられていた「神戸小学生殺害事件(*2)」を初めとした怪奇事件の記事が見事な構成力で展示されていた。そこに1人の若者が抱えるこの現代社会に存在することへの葛藤と生への執着、そして私自身が抱える葛藤と生への執着を見た。それが私になによりも大きな衝撃として迫って来たのだ。

 生と死を真正面から見つめる写真家岡田敦。今や同年代の作家から「巨匠」と呼ばれる彼は1979年、北海道の最北端にある町、稚内で生を受け、真っ白な雪と流氷、それに反射された美しい光の中で育った。画家である叔父の影響で幼い時から「表現への道」に進むもうと決めていた彼は、たまたま立ち寄った本屋でたくさん並べられた写真集を見て、写真への興味を抱いたと言う。1999年、大阪芸術大学に入学。カメラを持つ前から写真集の出版を明確な目的とし、写真を撮ってはその足がかりとなるようにと写真の公募に応募した。
 そして大学4年の時に入学当初に制作していた作品『Platibe』で、富士フォトサロン新人賞を見事受賞。完成度の高さと作家としての将来性が出版社に買われ、早くも「写真集を出す」という夢を叶えることになる。しかも展示していた作品『Platibe』に加え、会場に置かれていたリストカット(*3)を題材とした作品『Cord』の出版も決まった。これだけに留まらず、会場に来ていた巨匠細江英江から「うちの大学院に来ないか」と誘いの声が掛かり、東京工芸大学大学院への道も用意された。

 大学院の博士号習得中である2007年、彼の名が世間に広まることとなる。写真集『Cord』が基となり、それを見た若者達からの「被写体になりたい」という声から始まった作品『I am』が木村伊兵衛写真賞(*4)を受賞することとなる。
 この写真集はリストカットをしている若者、そうでない人を含めたポートレートやヌード、痛々しい傷跡の残る腕の写真などで構成された写真集だ。彼の写真はまるで「社会の現象は決して他人事ではなく、あなたの中にある問題でもある」と訴えかけているようである。
 現在彼は新しい写真集『STAR』の制作中だ。これは彼がスナップした物・人・風景で構成された写真集であるが、写し出されたイメージは、私たちを「生」へと誘惑する。
 私達は今、社会が生み出す価値や制約の中で生きている。生きていく上で大切なことはなにか…。岡田敦は私達と共に苦しみながらも写真という道具を使って生きる希望を与える<使命>を持った芸術家であることに間違いない。


*1 富士フォトサロン新人賞: 新時代の到来を予感させる若手写真家たちの登竜門として、1999年に富士フォトサロンと富士写真フイルム(株)プロフェッショナル写真部により新設された賞。

*2 神戸小学生殺人事件:1997年、行方不明であった小学生の頭部がとある中学校の校門前で発見された。犯人が当時中学生の男子だったことで世間を驚愕させた殺人事件。

*3 リストカット:カッターなどで、自己嫌悪などから自分の手首を切る行為を繰り返すこと。本当に死を望む人は少なく、自傷行為によって自分の存在価値を見いだす行為と言われている。

*4 木村伊兵衛写真賞: プロ・アマ・年齢を問わず、毎年1月から12月までに雑誌・写真集・写真展などに発表された作品を対象とし、写真の創作・発表活動において優れた成果をあげた新人に贈られる朝日新聞主催による写真の賞。
  1. 2008/11/04(火) 23:51:08|
  2. 写真集「I am」関連