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写真家 岡田敦 - Office Okada | Official Blog

I kiss the world by taking the photograph

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■ 「My Horse」にエッセイを寄稿いたしました

岡田敦_ユルリ島_0121


「ユルリ島の馬─北海道の東の果てで紡がれる物語─」岡田敦

 3頭の仔馬を乗せた船が、出港の時を迎えようとしていた。馬を囲み漁師や関係者が話をしている。

「めんこい馬だ、道産子か?」
「こっこ馬だ、去年の春うまれたんだ」
「俺たち使ってた馬はでっかい馬だ」
「島さ連れてくの、何年ぶりだべか?」

 北海道の東の果てにある小さな港が活気にあふれていた。年配の漁師はかつての集落の一大行事を懐かしむように作業をしている。その笑顔が、集落の人たちがこの日を楽しみにしていたことを物語っていた。波は穏やかで、馬はこれから何処へゆくのかも知らず、船上でうとうとしている。僕はファインダー越しに馬に近づき、写真を撮った。その瞳はとても穏やかで、澄んでいた。船頭のかけ声で船がゆっくりと動きだす。やがて船は港を離れ、その向かう先には小さな島影が見えた。2018年9月11日、それはかつて「馬の楽園」と呼ばれたユルリ島の、新しい歴史の扉を開く船出だった。

 北海道根室市昆布盛の沖合約2.6kmに浮かぶユルリ島。僕がその小さな島に興味を持ったきっかけは今から10年ほど前、東京で仲良くしている編集者の一言だった。
「岡田君、北海道出身だよね。ユルリ島、知ってる? 無人島に野生化した馬がいるんだって」
 北海道の東の果てに、野生の馬だけが暮らす島がある。僕がユルリ島に興味を持ったのはそれからである。しかし、当時は情報もなく、調べて分かることはわずかだった。島の馬はかつて昆布漁の労力として働いていた馬の子孫だという。その馬が野生化し今でも島に生息しているらしい。しかし、現在は国の鳥獣保護区や道の天然記念物に指定されているため上陸することはできない。そして、多い時には30頭ほどいた馬も、現在は牝馬しかおらず、馬はやがて消えゆく運命だという。
 僕は写真を撮らせて欲しいと問い合わせた。しかし、学術調査以外での上陸は認められておらず、「消えゆく馬を記録する」という理由では島へ渡ることはできなかった。馬の需要の衰退と時を同じくしてやってきた野鳥保護の波に押され、ユルリ島の馬はすでに忘れ去られた過去の存在になっていた。許可が下りたのはそれから1年半後、2011年の夏だった。僕は地図を片手に根室へ向かった。
 北海道の東の玄関口、釧路空港から車で東へ更に2時間、この先に街などあるのだろうかと不安になった頃、かつて東洋一の馬市が開かれたという根室市厚床に辿り着く。北方領土をあわせれば、多い時にはこの地域に1万3千頭の馬がいたという。しかし、今ではその面影もほとんどない。北海道の開拓に貢献した馬は、機械化とともに静かに消えていた。馬産地としての名残りといえば、市場跡に残る巨大な馬頭観音といくつかの碑、管内に残るわずかな牧場、そして根室半島沖に浮かぶユルリ島の馬だけだろうか。そのユルリ島は、市場跡から車で更に東へ30分走った、昆布盛という小さな集落の沖合にある。
 港は霧で覆われていた。この日が特別だったわけではない。根室の夏は毎日のように海霧が発生する。僕は漁師に送り迎えを頼み、船に乗った。昆布船だ。島に大型船を着岸できる港などない。戦後、エンジン付きの船もない時代、馬を舟に乗せ、艪を手で漕ぎ、漁師たちは昆布の干場を求めて島へ渡った。僕は船に揺られながら、当時の暮らしに思いを馳せた。
 20分ほどすると、霧のなかに無人島があらわれた。島全体が断崖に囲まれている。この崖の上に昆布を引き上げるため、馬の力が必要だった。僕は小さな突堤に飛び移り、梯子を登り、上陸した。天候がよければ対岸の昆布盛から双眼鏡で馬の姿も見えるというが、この日は上陸しても馬の姿は見えない。ありがたいことに2人の地元の方が案内役として同行してくれた。僕は助言にしたがい、島で唯一の建造物、緩島灯台を目指すことにした。
 島にはいくつかの小川が流れていた。足もとには高山植物が咲き乱れている。馬が草丈の高い植物を好んで食べるため、島の草丈は低い状態で保たれているという。本来なら日が遮られ、勢力を維持することのできない高山植物が咲き乱れているのはそのためだ。島の中心には高層湿原が広がり、馬の飲み水となる湧き水も絶えないという。つまりこの濃い霧が、島の独特な生態系を育んでいるのだ。
 灯台に近ずくと、霧のなかから突如、馬が姿をあらわした。目をこらすと十数頭の馬がじっとこちらを見ている。無造作に伸びた鬣、無骨な脚、ごつごつとした強靭な体、それは速く、美しく走るためのものではない。そっと近づき、手を伸ばす。馬はすっと身をかわし、こちらを見る。一定の距離を保つが、決して遠くへ逃げようとはしない。そして何事もなかったかのように、また草を食む。人間に媚びず、この島のあるじは自分たちだという、不思議な気高さを感じた。無人島で生きる野生馬と聞けば、劣悪な環境で生きる痩せ細った馬の姿を想像する人もいるのかもしれない。だがユルリ島の馬はそうではなかった。僕ははじめて、この島が「馬の楽園」と呼ばれる意味を理解したような気がした。

 それから7年が経ち、ユルリ島は大きな転換期を迎えた。地元の人たちが話し合い、3頭にまで減った島の馬を存続させることを決めたのだ。意味や理由を問われる時代に、風土を守る、あるいは環境を保全するというのは簡単なことではないだろう。しかし、労力としての馬の役割もなくなり、馬の需要が限られるなか、北海道の東の果てでどんな物語が紡がれるのか、僕は楽しみにしている。
 2018年9月11日、ユルリ島に新たに3頭の馬が放たれた。


【プロフィール】
岡田敦(おかだ・あつし)
写真家。北海道生まれ。東京在住。
2008年、“写真界の芥川賞”といわれる木村伊兵衛写真賞を受賞。その他、北海道文化奨励賞、東川賞特別作家賞、富士フォトサロン新人賞などを受賞し、海外からも高い注目を集めている。2011年から、北海道根室半島沖のユルリ島に生息する半野生馬の撮影を続け、WEBサイト「ユルリ島」などで情報を発信している。
オフィシャルサイト
http://okadaatsushi.com


『My Horse』1月号
2019年1月1日発行
価格:540円(税、送料込)
発行:(株)ユニオンオーナーズクラブ
https://www.union-oc.co.jp/order/backno/list.do
 
 
  1. 2019/01/21(月) 00:00:00|
  2. 作品「ユルリ島」関連
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